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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和28年(う)188号 判決 1953年8月01日

控訴人 被告人 椿義夫事 李福章

弁護人 原賀隆雄

検察官 宮崎与清

主文

控訴を棄却する。

理由

弁護人原賀隆雄の論旨は同弁護人提出の控訴趣意書に記載するとおりであるからこれを引用する。

論旨第一について。

原判示第三の横領罪の目的となつた自転車は同判示第二の窃盗罪の被害物件と同一であること即ち被告人が判示第二の被害者から盗取したものを判示第三の被害者に売却したものであること、従つて判示第二の被害者は民法第百九十三条により占有者である判示第三の被害者に対し右自転車の回復請求権を有することは所論の通りである。しかし被告人が一旦甲から窃取したものを乙に売却処分した以上盗物の処分行為はこれをもつて終了したものであり、被告人が更に右乙から借り受けた当該物件を第三者丙に入質して横領した場合には新に別個の領得犯意に基く横領罪の成立するのは当然であると言わなければならない。民法第百九十二条と第百九十三条の関係において盗物の所有権帰属につき大審院判例と学説の上に争があるところであるが仮に判例に従い盗物の所有権は右の場合乙に移らないで依然甲に保有せられるものと解するとしても、被告人が各別の領得犯意に基き各別の領得行為を実現する限り当該構成要件該当の各個の法益侵害罪が成立するものと言わなければならない。論旨は採用できない。

論旨第二について。

本件諸般の犯情に徴し被告人の原判示併合罪に対し原審が懲役一年三月を量刑したのは特に過重とは認められない。本論旨も理由がない。

そこで控訴は理由がないので刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉村国作 判事 小山市次 判事 沢田哲夫)

弁護人原賀隆雄の控訴趣意

第一、原判決は刑事訴訟法第三八二条に該当する。(イ)原審は罪となるべき事実第三として被告人は昭和二十八年一月三日頃富山市土居原町三八番地鹿島旅館に於て田中隆三コト蔡熙根に対し「今日自転車を一寸貸してくれ」と言つて同人から一時借り受けた同人所有の普通自転車一輛時価一万円相当を同年同月五日頃富山市西山王町六三番地質屋永井弘篤方に於て擅に之を入質横領したものであると認定し右自転車を蔡所有としているが、それは原審判決第二事実認定のように昭和二十七年十二月十五、六日頃被告人が窃取した八川芳郎所有の自転車にして被告人は蔡蔡根の目の前に於て他人名義の売買証書を作成したもので蔡は善意でないのみならず右自転車を買受けるに就いては過失があるものにして且被害者八川芳郎は盗難のときから二年間蔡に対して自転車の回復を請求する権利があることは民法第百九十二条第百九十三条によつて明らかであつて未だその所有権を喪失したものでなく、一時占有を喪失しているものに過ぎぬ。従つて現に自転車は八川芳郎に還付せられているもので未だ蔡の所有に帰したものでないことは原審記録編綴の八川芳太郎の盗難被害届、同供述調書、八川さだ子の供述調書、同仮還付請書に依つて極めて明白にして、本件自転車は八川芳太郎の所有であつて、蔡の所有でなく、被告人の入質行為は窃盗の事後行為であつて、別罪を構成するものでは断じてないに拘らず本件自転車を熙蔡根所有の自転車を入質横領したものであると認定したのは之又事実誤認にして判決に影響を及ほすものである。(ロ)原審証人田中隆三コト蔡熙根の証言によれば「自分は李に自分の買つた自転車を自由に使つてもよいと言つたことを李が入質してもよいと考えたかも知れません」(原審公判調書中の同証人の証言参照)と記載ある通り被告人は蔡と親友にしてお互に金の貸借をして金に困ればお互に融通し合つている間柄であり被告人は蔡に四、五千円の貸借を申込んでいたが為め蔡の言葉を自転車を入質して金の苦面をしてよいと解釈して永井質店に入質したものにして斯様に解釈するに就いては相当の理由があり、被告人としては錯誤に出た行為であつて、斯る錯誤は横領の犯意を阻却するものにして、罪とならぬものであるに拘らず原審は被告人の入質を横領とたやすく認定したのは、罪とならぬものを有罪と認定したものにして右は判決に影響を及ぼすべき誤認がある。

第二、原判決は刑事訴訟法第三八一条の理由に該当する。被告人に対して原審は懲役一年三月の実刑を言渡したが、前記第一に述べた理由があるのみならず原審記録編綴の永井質店の領収書、八川さだ子の仮還付請書に依つて明白な通り、第二事実については被害の存在しない事件であつて、被告人に対し右のような事情による情状酌量の余地があり叉窃盗の前科や起訴猶予の処分のないものに対し懲役一年三月の実刑は過酷な刑であつて、刑の量定が不当であると思料致します。

仍て被告人に対する原判決を破棄相成り度い。

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